聞いてくれ! 第40回
「きっかけは?」



全国で数人しかいない(笑)聞いてくれファンのみなさん、お元気でしたか?きゃっするは、先月の世界選手権の予選、そして11月に入ってからは講演等で忙しい日々を過ごしています。
それもこれも自分の「夢や目標」に確実に向かっている証拠だと思うんですよね。
でも最初から夢や目標を持ち続けていたわけではないんですよ。途中で挫折したこともあるし、夢や目標を実現(達成)して、それで満足してしまいその先の夢や目標を持てなかったりと・・・。
そんな訳で今回の「聞いてくれ」は、きゃっするが常に夢や目標を持ち続けるようになった「きっかけ」について聞いてもらいましょう!

「今は明確な目標がある、ただこの先の目標を持っていないと後で大変なことになるぞ!」これが夢や目標を持ち続けるきっかけとなった言葉なんですが、これだけを聞くと普通だし、「えっ、こんなんで!?」と思うでしょうねぇ。でも本当にこれがきっかけとなって今のきゃっするがあるんですよ。これは、きゃっするのサッカー時代、JEF市原(現JEF市原・千葉)のコーチだった岡田武史(現横浜Fマリノス監督)さんの言葉なんです。
ちょうどその当時、きゃっするはユース日本代表とバルセロナオリンピック日本代表候補に入っていました。
サッカー時代のきゃっするは、前にも言ったけど、「傲慢、わがまま、自己中」。あれはちょうど、ユース代表かなんかの合宿から帰ってきた時だったと思います。
岡田さんに「お前、今はユース代表とオリンピック代表候補に入っているから明確な目標がある。でも、これから先の目標を持ってないと後で大変になるぞ!」と言われたんです。
その時は、「うるっせーよ!」なんて思ってましたけどね・・・(笑)

しかし、ユース代表がアジア最終予選で敗退して解散し、怪我によってバルセロナオリンピック代表候補から落選すると、それまで順風満帆だったサッカー人生が少しずつ変わってきました。
Jリーグ開幕前の怪我、そしてサテライト(2軍)での生活。サッカーを始めてから常に夢や目標を持ってやってきました。
挫折や失敗を繰り返しながらも何とか夢や目標を実現(達成)させてきました。
プロサッカー選手になるという夢も叶った、日の丸をつけてプレーするという夢もフル代表ではないけれど実現した。
でもその時のきゃっするはそれで満足してしまって、それ以上の夢も目標も持っていなかったんです。
当時きゃっするは20歳。

確かに、試合に出たいとか早くトップチーム(1軍)に上がりたいという気持ちはあったけど、明確な夢や目標を持っていなかったから、具体的に何をするわけでもなく、ただ淡々と毎日の練習をこなしていただけなんです。
そのくせ、トップにチームに上がれないのは「俺の能力を見抜けない、監督、コーチが悪い!」とか、トップチームに上がってからも試合に使わないのは、「監督が悪い!」など思っていましたからね。
それに見合う練習や努力(夢や目標を持つこと)を何一つしていなかったのに・・・・。そんな時に、人生を大きく変える交通事故にあってしまったんですけどね。

〜〜〜〜〜事故後、入院生活の部分は省略します〜〜〜〜〜

車椅子の生活になることを受け入れた時、そこで悪妻(妻)と一つの目標を持ちました。
そして、自分には常に夢や目標がないと先に進めないということもわかったんです。
(※入院中、いろんな事を考える時間がたくさんありましたからね〜。)
その事を思い出させてくれたのが、岡田さんの言葉だったという訳なんです。車椅子バスケットをはじめてからもいろんな夢や目標を持つようになり、それを実現(達成)してもまた次の夢や目標を持つようになりました。
(例:シドニーパラリンピックからアテネパラリンピック、そして北京パラリンピックへ)
「もう同じ失敗はしたくない、これからは常に夢や目標を持ち続けよう」と入院中、いつも自分に言い聞かせていましたからね。

ほんと、あの時の岡田さんの一言が今のきゃっするに大きな影響を与えているんですが・・・・・その話しを本人に話したところ、「俺、そんなこと言ったっけ??」という始末・・・。まぁ、本人が覚えていなくても、きゃっするの心に残っているので全く問題はないですけどね。

夢や目標を持ち続け、それに向かって行動すればいろんな出会いがあって本当に楽しいですよ。まずは夢や目標を持つことからはじめてみませんか?きっと良い出会いがあなたを待っていますよ!その良い出会いが病みつきになり、また次の夢や目標を持つはずですから・・・・